| 1968年1月 |
現社長、高仁鳳が僑文社を引き受ける |
| 1981年5月 |
角川書店より「朝鮮語大辞典」組版の打診。手動では困難なため、ハングルの電算写植を模索。 |
| 1981年12月 |
写植機メーカー、モリサワへハングルの電算化を打診。 |
| 1982年9月 |
ハングル電算写植の入力校正第1号機が完成、導入。これは韓国本国よりも早く、世界初の実用化。 |
| 1984年1月 |
三修社より月刊誌「基礎ハングル」の組版受注。電算写植で完全ページアップに成功。 |
| 1984年4月 |
末広バルブ製作所の会社案内を日本語・韓国語・中国語・英語の4カ国語で同時電算出力。世界初。 |
| 1985年12月 |
角川書店「朝鮮語大辞典」完成。 |
| 1987年8月 |
社屋を一部拡張。リョービ・RECSシステムを導入 |
| 1989年12月 |
株式会社に設立登記。社名をケイビーエス株式会社に変更。 |
| 1990年1月 |
ケイビーエス株式会社として、新しくスタート。 |
| 1991年7月 |
マッキントッシュを導入。 |
| 1992年4月 |
MAC部発足。 |
| 1992年4月 |
タイ語会話の本(日本語混植)をMACで完全版下化に成功。 |
| 1992年4月 |
社内報<ナルゲ>創刊 |
| 1993年9月 |
MAC多言語イメージセッター導入。 |
| 1994年7月 |
日本経済新聞(7月20日付)に多言語印刷システムが紹介される。 |
| 1994年10月 |
月刊誌「経済界」に多言語印刷システムが紹介される。 |
| 1994年12月 |
朝日新聞に多言語印刷システムとともに高社長が紹介される。 |
| 1995年2月 |
大阪府発行メディカルパスポート7カ国語(日・英・中・韓・スペイン・タイ・タガログ)同時出力。 |
| 1995年6月 |
KDD発行 タイ語、ベトナム語会話の本を制作組版。 |
| 1995年7月 |
社内報<ナルゲ>13号発行。この時からビデオカメラで撮った写真を利用始める。 |
| 1995年9月 |
2台目のMAC多言語マルチスクリプトイメージセッターを導入。 |
| 1995年12月 |
インターネットチーム発足。 |
| 1996年1月 |
ホームページ開設。 |
| 1996年4月 |
kbsjapan.comという独自ドメイン収得。 |
| 1997年1月 |
「済民日報日本版」インターネットによる組版制作。 |
| 1997年4月 |
高品質イメージセッター富士写真フィルム製LuxSetter5600導入。B2ワイドの多言語出力が可能。同時に同じリップで出力可能な多言語カラープリンタを導入。 |
| 1997年12月 |
12月3日インターネット専用回線OCNと契約。これで24時間常時接続する事になった。 |
| 1998年1月 |
創業30周年を迎える。 |
| 1998年7月 |
ホームページをリニューアル。 |
| 1998年8月 |
多言語WindowsDTP構築。社内報「ナルゲ」の一部をWindowsで制作、印刷した。 |
| 1998年9月 |
WindowsDTPチーム発足。 |
| 1999年2月 |
高仁鳳社長の個人Web「鳳@bongのページ」を開設。ビデオカメラによる記録を主に発信。 |
| 2000年5月 |
(株)ミスミの韓国向け通販カタログをInternetで制作。 |
| 2000年8月 |
進研アド「Studying in Japan」サイト制作に参加。多言語部門を担当した。 |
| 2001年3月 |
BHA社のB'sGoldやB'sClipのアプリケーションを韓国語、中国語簡体字、繁体字にローカライズした。 |
| 2001年6月 |
香港・マカオへ社員旅行。 |
| 2001年8月 |
社内報<ナルゲ>26号発行 |
| 2001年11月 |
ホームページをリニューアル。 |
| 2002年1月 |
社内報<ナルゲ>27号発行 |